【面会交流】音沙汰なく月日が流れました【光陰矢の如し】

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シングルファーザーの回想録
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子どもの成長って早いなあ~って思いませんか?

保育園が決まるまでは、本当に長ーく感じましたけど、入園が決まってからあっという間に時間が過ぎたような気がします。

気がつけば、娘は、今年の4月からは小学2年生、息子は、保育園の年長組になります。

【光陰矢の如し】とはよく言ったものです。

こんにちは、みいちゃんです。

私は、2020年離婚して、実質ワンオペ育児で2人の子どもを育てています。

息子は、3歳の時に、自閉症スペクトラムと診断されました。今は、進学に向けて療育を受けています。このブログは、そんな息子の成長、体験談、ワンオペ育児の奔走の日々を綴っていきます。

読んでもらえると、今後の活力になりますので、お付き合いよろしくお願いします。

     ※家族についてはプロフィールをご覧ください。

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前回の面会交流

最後に面会交流したのは・・・いつだろうか?

娘が、保育園の年長組、息子が、年少組の頃なのでかれこれ1年以上も前になります。

連絡は、いつも元妻の母親からです。祝日などのまとまった休みがあると、ひと月前からメールが来ていました。そんなに、早くから聞かれても予定が分からないので、いつもギリギリで返事をしていました。

子供たちに教えると

やったー

・・・・

喜ぶ娘に対して真逆の反応の息子。

喜んでないはずはないのですが、感情が出てこないようです。

面会交流の場所はいつも元妻の実家です。私が車で3時間以上かけて連れて行きます。

移動にかかる費用は全て私もち。

なかなかの距離なので2~3万は軽くかかります。

ガソリンも2回給油して、おまけに朝早くからの出発なので朝食と昼食代も要ります。

面会交流は年6回あるので結構な出費です。

普段から、お母さんの事は口にしない娘。移動中の車内でも同じ。

本当のところどう思ってるのかなあー なんて考えてしまいます。子どもなりに理解して我慢してるのかも知れません。

まだまだお母さんが必要な年なのかもしれませんが、一緒にいたからと言って、母親らしい事が出来たわけでもありません。ただ一緒にいるだけの状態。それでも母親は母親なんでしょうけどね。

親の都合で離婚して、親権争いまでして、子どもの意思を尊重なんてどこにもありませんでした。

【子供の意思】は、一応、刑法では14歳から有責性が問われ、民法では15歳から一定の権利が認められていますが、多くは、そのくらいの年齢でも自分の選択に悩むことは少なくないそうです

ただ、あの時は離婚をすると言う選択以外私の中ではありませんでした。

何度か今の状態を娘に話しをした事はありますが、まだ理解には時間がかかりそうです。

そんな事を考えているうちに車は元妻の実家に到着しました。

着いた~

久しぶりの面会なので嬉しそうに走って行く子ども達。

挨拶もそこそこにお願いして帰りました。

2度に渡る面会交流の拒否

2020年から始まった面会交流は、2022年時点でまだ2回しかしていません。

原因は言うまでもなく、新型コロナウイルスです。

まん防に緊急事態宣言を繰り返し、変異を繰り返して今に至ります。その恐るべき感染力と感染スピードに驚きを隠せません。

その間に何度か連絡はありましたが、断ってきました。

ご存知とは思いますが、面会交流は原則として拒否は出来ません。

子どもと離れて暮らす親(非監護親)が子どもと親子の交流をする権利だからです。

ですが、事態が事態なだけに私は拒否をしてきました。

そして、もう一つの不安要素も断ってきた理由です。

それは、協議離婚で話し合いの席を設けた時、突然、元妻のお父さんがマスクを外して大きな声で放った一言。

「わしは、コロナでないからマスクを外すね。」

それ以後はマスク無しで話し合いが進みました。

当時、コロナ自体が未知の物であり、3密を避けましょう。マスクをしましょう。など言われ始めた頃でした。そして、1回目の緊急事態宣言の後でもありました。

予防接種はおろか、検査をしたわけでもないのに、そう言い切れる所が怖かったのを記憶しています。

そう言う事があって根拠はありませんが、漠然とした不安があるのが2つ目の理由です。

断り続けて1年以上経ちました。昨年の年末年始には不気味なくらいに連絡がありませんでした。

私の推測では、体調が悪く入院をしているのだろうと思う。そして、未だにそうなのだろう。

だからと言って、こちらから連絡をするいわれもないし、する気持ちもない。

コロナが増え続けてるのに、面会交流を強行しようしたり、断れば、会いに行くなどと言われ、危機管理の薄い相手にましてや、元妻とは言え心配する気持ちは残念ながら無い。

娘の卒園 小学校入学

2019年4月に子ども達2人が入園し、2021年の4月に娘が2年間の保育園生活を終えました。

2人の送り迎えの毎日も今日で終わり、後は息子だけ。

この2年の間に離婚もして、実質ワンオペ状態の育児に追われる毎日でした。

そしていよいよ卒園式の当日。通い慣れた保育園には少し緊張気味な娘がいました。

思い起こせば2年前の入園式に普段から人見知りしないのに、知らないお友達に泣き出してしまい式を途中退場してしまいましたが、今日は大丈夫。

じっと前を向き、呼ばれれば大きく返事をする。大きく成長した姿には感動ものです。

卒園証書を片手に退場する娘に拍手で見送り、心の中で、

「おめでとう~  4月からは、ピカピカの1年生だね頑張ってね」って言いました。

音沙汰なく月日は流れて、娘は小学2年生 息子は、年長さんになります

娘は、2021年4月小学校に入学しました。

着なれない制服と、大きなランドセルに恥ずかしそうでした。

右も左も分からない事だらけの小学校生活に悪戦苦闘の毎日です。

頑張り屋さんの娘は、明るく楽しい学校生活を送っています。

以前の投稿でもお話ししたように、2022年お正月明けの学童保育での出来事には少なからず驚かされました。

普段からお母さんの事は口にしない娘が、絵馬にお母さんの事を書くなんて・・

娘なりに口にはしないけど、自分の思いを書いたのだと思います。

先日その絵馬を持って帰ってきましたが、それについてどう聞いてよいのか分からず、とりあえずは、そっとしておこうかなって思っています。

3学期も残り1ヶ月を切り、小学校では、新入生の歓迎の準備をしています。

毎年1年生は、夏に朝顔を栽培して、夏休みに観察日記をつけて種を取ります。

小学校では、その種と手紙を添えて次の新1年生に渡すという恒例行事があります。

娘も昨年、入学式の時にもらいました。ただ、今年は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、残念ながら中止のようです。

 

 

 

 

 

そして息子は、年中さんになります。

<療育に通い始めた事で息子におきた変化〉

① 情緒不安定なところがあるが、少しずつ自分なりにコントロールが出来るようになってきた

 

② こだわりの強さはいまだに残るものの、1番にならなくても我慢ができる。順番が守れるようになってきた

③ 話せる言葉が増えた事で、相手に言いたいことが伝わりやすくなり、かんしゃくが減った

 

 

 

昨年1年間だけも、子ども達は大きく成長しました。

特に息子の成長には保育園の先生も、私も驚かされました。

来年の4月にはきっと息子の小学生姿が見られると思います。

光陰矢の如しとはよく言ったもので、子供たち2人にはきちんと話をしないといけないでしょう。

その時には誤解のないよう理解してほしいものです。

いずれまた、面会交流が復活すると思います。久々に会うお母さんに、子供たちはどう思うのかな・・・?

そしてお父さんとしてどう声をかけていけばいいのでしょうか・・・・・

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

みいちゃんでした。

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